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川村ユキハルの毎日2

湘南茅ヶ崎界隈のいつもの暮らしぶり。 仕事の話や思うこと。再び。

再掲)バリカンについて

✳︎以前ショートノートに載せた話を引っ越し。 サラリーマンの頃の話。
ちなみに最近は気分転換にもなるし理髪店にいっております!バリカンだけども。



大阪支社から 異動してきた若いTは明るく背も高くスポーツマンでイケメンだった。もちろん女子はほっておくはずもない。彼には華があった。男女とも愛される彼にはいつも人の輪ができていた。
いわゆる今でいうところのリア充な人であった。
彼は坊主頭だった。

ある日僕が出社してみると机の上にごろりとバリカンが置いてある。
斜めのシマのT が僕の驚く顔に早速気がついて大股でやってきた。
「兄さん兄さん、これやったほうがいいですよ」
関西弁の彼が大きな体を折りたたんでコソコソと笑顔でこう言う。
「お、そか」「悪いな。」

実はそんな僕も少し前に転職してきて、大手広告会社で大きな仕事ができると気を張って仕事をしていた。
周りは皆流石に優秀であった。楽しかった。ついて行きたかった。当然激務であった。
仕事柄、不規則不摂生の毎日。
髪はというと親のどちらを遡っても遺伝子レベルで髪には将来恵まれない状況は予測できた。
小学生のころは理髪店のおばさんから髪が多く固く、切った髪が指に刺さったわよと言われたことが自慢だった。しかしながら今や30歳過ぎてバサバサと抜ける髪に毎朝戦慄してた頃だったのだ。

そんな僕を見透かしたのか、Tは自分もそうだったのだ、これで救われたのだ。というような
話を矢継ぎに、こそこそと続けて話した。冷やかしでないことはよくわかった。
口元は笑ってはいるが目が真剣だったからだ。

「やったほうがよろしいですわ」

どちらにしても、およそ仕事の机には馴染まない黒く重そうなバリカンをそそくさとカバンにしまい込んだ。

夜遅く家に戻って、そのバリカンをしげしげと眺めたあともう一度考える。
同じ営業チームだが担当の違うT。やってきたばかりで特に話もまだしていないし気心しれたというわけでもなかった。からかってるのだろうか。いやそんな感じでもなかった。
「やっぱりやめたよ。」と言うのも男としていかがなものか、という気持ちになってきた。
 
やってみるか。

深夜、風呂場に大きいビニール袋をバサバサとハサミで開いて敷き、素っ裸になってバリカンをあてた。5mmにセットした。
バサリバサリと髪が落ちていく。

見事坊主になった鏡の僕は毎晩遅くの仕事の疲れもあって、青白く囚人のようだった。
翌朝4歳の息子はパパ怖いと泣いてしまった。妻は笑いを通り越して、ばかねえと呆れていた。

出社すると、すれ違いざまに同僚や先輩や上司、デスクの女性、様々な人が笑って声をかける
「早速仕事で粗相したのか!」「今日謝りに行くのか」「似合うじゃん」「先輩触らせて!」
 
Tも早速僕を見つけた。

「似合いますやん」
「俺もそう思うんだ。ありがとう。」

15年たった今。
昨日も自分でバリカンを使って5mmで刈った。
あい変わらず素っ裸でゴミ袋を風呂場にハサミで開いで敷いて、
滑稽な格好でバリカンの刃をあてている。白髪が随分増えたな。

鏡を見る。
「兄さん兄さん」
Tの声を引き金に思い出す、あの頃の喧騒と混沌、緊張と自由。
仕事仲間との昼夜関わらずの張り詰めた、年中寝不足で楽しかった仕事の日々。