川村ユキハルの毎日2

湘南茅ヶ崎界隈のいつもの暮らしぶり。 仕事の話や思うこと。再び。

水道橋事務所を離れます 。さようなら。

今日は引越しである。3年間お世話になった、水道橋事務所を引っ越します。さようなら。

 

思い起こせば、この事務所にお世話になったのは、大内さんからの紹介であった

湘南片瀬の海沿いの事務所、インセクト・マイクロエージェンシーが、結局というか、東京のクライアントの仕事が多くなってきて、赤津と2人、もしくは他のスタッフ含めで打ち合わせごとに喫茶店、もしくはドロップインのコワーキングスペースはもう厳しいかと感じているときであった。仕事の内容は機密の内容もあるので、資料は広げられないし、声だして討論もしにくい。何より、もう打ち合わせの合間で入る喫茶店で飲む数杯目のコーヒーにはうんざりであった。頼んだきりテーブルにあるコーヒーは殆どくちをつけずに冷めていった。

 

そんなことを手書き地図推進委員会の仲間の大内さんにぼやいたところ、あるよ、知り合いが2fが空いたので丁度探していたと言う。(正式には共同で使えるよ)しかも、その貸してくれる人は川村さん絶対気の合うタイプの人だと。おっと、これは会わねばなるまい。それがきっかけだった。

実際現地に行ってみると、昭和40年代に建ったであろうか年代もののレトロな4f建ビルの2f。鉄のドアの規格は昔ながらで小さく、間取りは細長い長方形、トイレは和式。飛散防止の細いワイヤーの入った磨りガラス窓。窓の面は多く採光も申し分なく、サッシが鈍いアルミ色でガッチリとしている。今時丁度一周回ってかっこいいじゃないか。昔、武蔵小金井の駅前で小学校の頃、古いビルにあった老先生の珠算教室に少しだけ通ったことがあったけど、そこに似ている。冬、暗い階段を上がって、子供には重い鉄のドアを開けるととても暖かく、いつもの名調子の「願いましてはぁ」老先生の声とパチパチとソロバンを弾く音。石油ストーブの匂い。ヤカンの湯気はいつもあがっていた。

他のメンバーや来客者含め何かしら、それぞれノスタルジックなノンビリとした印象を醸す居心地のいい空間。当の1fのシモちゃんの部屋はカメラマンとしてスタジオの機能は辛うじてキープしながらも、趣味のモノや様々なジャンルの本達。それら思念のゴーストに溢れ包まれた場所。男だったら一度は憧れる「男の子の城」を現実にしている羨ましい人であった。僕の知り合いもパーティーなどで1fに立ち入ると100%うっとり溜息をつく。

そんな人や周りのメンツは面白くないはずがなく、シモちゃん、トンちゃんや、このビルを訪れる人達はみんな味があった。

ということで、お世話になることを決めた。シモちゃんの解説もあり、ここの住所は西神田であるので、三崎神社に挨拶に行き、東京の水道橋事務所はスタートした。

 

それからさらに仕事は忙しくなり、あっという間の3年であった。

 

しょっちゅう絡んでいる訳ではなかったが、しもちゃんやとんちゃん、皆さんのお陰ですっかりこの地と人達が好きになった。いくつも大学のある文教エリアであって、出版社も多く、そもそも昔ながらの本の街、カレーの街。隣の小川町はスポーツ店がいっぱい。居酒屋など食べるところには目眩がするほどこまらない。おまけに複数走る電車のアクセスもよい・。

 

ちょっとまってくれ。そんな街を離れられるだろうか。

ということで、今回、西神田を離れ引越し先は神保町になります。隣町。てへぺろ

 

しもちゃんや皆さんとはさらに絡んで面白い事を考え中。

という事で、皆さん遊びに来てください。