川村ユキハルの毎日2

湘南茅ヶ崎界隈のいつもの暮らしぶり。 仕事の話や思うこと。再び。

今年50歳になるからと、高校1年のクラスメイトで34年ぶりに会うことになった。(同窓会があった)

 

今年50歳になるからと、高校1年のクラスメイトで34年ぶりに会うことになった。

 

普段顔を合わせているメンバーは、2件目が終わった後

「帰るねー」と、まとまって帰っていった。雨もいよいよ強くなってきたのだ。今夜夜半から雨という予報は実に正しかった。

 

湘南エリアに越してみてもう20数年、真っ先に気付いたことだが

海のそばは木々の匂いがしない。それは青々した、花の、実の熟した、もしくは朽ちた乾いた香り。

ここ武蔵野エリアの街の街路樹の活き活きとした緑の匂いは雨に打たれて一層映える。

 

 

先生も交えた2件目はカラオケボックスであった。
おおいに盛り上がった。結果として、もう中央線も動いてないだろう。

近隣に住む皆は何人かまとまって手際よくタクシーを乗り合う段取りになって散っていった。

 

 

僕はというと、34年ぶりと張り切って、国分寺の駅前のビジネスホテルを事前に予約していた。

茅ヶ崎からだとゆっくり飲んでられないので、そうしたのだった。

 

久しぶり会う面々に「よーし久しぶりだから最後の一人まで飲むぞー、ホテルもとったし!」

と言った言葉は今思えば若干空回りしてたのは、他のみんなはそれぞれ何度か集まったり、やり取りをしているからであろう。

 

皆がそそくさと帰ったのはもう一つ理由があって途中参加の女子のKさんはここからさらに遠くに家があるとのことで前回の同窓会の時は皆で朝まで付き合ってクタクタだったとのこと。「みんなばばーとじじいなのにオールは大変だったのよー」と女子のYがいっていた。そういうことか。確かにつらい。

 

結局残ったKさんと僕。飲むぞーといったので、じゃあ僕も帰る。。と今更言えるはずもない。

所在無げにしているKさんに「Kさんもう一軒行こう行こう」と誘う。

しかし、焼き鳥屋に入るものの、もはやお腹いっぱいで食べることも、飲むことも二人ともとっくに飽きていた。

 

「川村くんは昔小さい子がすきだったのよねー」

「えーそうだったっけ?」

と僕の印象などいろいろ話で改めて聞いいてると他人の話を聞いてるようで、僕はそんな高校生だったのかと興味が

あって楽しく、いろいろ聞いいていた。その矢先だった。少し沈黙してから言った。

 

 

「16歳の私は好きだった」

 

まっすぐ目を見てKさんは静かに、そしてはっきりと言った。

とても目が離せなかった。曖昧な笑いも茶化すこともできなかった。

 

「ありがとう。」って言ったのが精一杯だった、後ほかに何が言えよう。

Kさんの昔から変わらない大きな眼。蒼く静かな色。

そこに彼女の心の海の深く、蒼く暗い海底にずっと根を張ったアンカーが映った。

 

 

結局、Kさんは、やはり前回の一件の話を持ち出し、さすがに途中駅の八王子に今回ホテルをとったのだということだったので、そこまでタクシーで送るということに。「いいよー、また戻るんでしょ」と遠慮するところを押し込んで、送らせてもらった。

なんとなく自分のためにもそうしたかったのだ。もう少し時間がほしかった。

 

Kさんが泊まるホテルの最寄り駅でさよならを言って、Kさんを降ろした。彼女は傘をさして見送ってくれている。

でもタクシーの窓が開けられない。僕も手を振ったのは彼女は見えたのだろうか。

 

運転手さんには元の場所まで。と言ってもう一度シートを深く座りなおした。雨はさらに勢い増して降っている。

26時。国道20号を戻り、走るタクシーの後部座席の雨が叩きつける窓を僕は見ていた。

対向車のヘッドライトが当たる時だけ、窓にすがる雨粒が光に変わった。

 

 

34年間係留してたKさんの小さな船は、その留まった年月を感じさせず、静かにさらさらと流れ始めた。

僕の手元には彼女の小さな船をつなぎとめていた、鈍重な色をもつアンカーだけが残された。

今日改めて知った、見送るばかりの小さな船は忘れえぬものとなった。

コップ半分の水とモンブラン (2015年9月 9日 (水)のブログ転載)

毎年8月末から9月初旬にかけて、仲間からのシャモニークールマイヨールからのUTMBシリーズに関する報告が多くなってきて毎回引き戻される。そして問われる僕は全力でやってるのかと。
2015年僕もかの地にいた。そしてどうしようもないとてつもない感動をしていた。
それは未だに爪痕を残したまま。


で、その頃のブログの転載です。

これから挑戦する人と僕自身のためにもう一度。

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夜空に星のように永遠と連なる光はヘッドライトの明かり。はるか遠くに小さく、風にそよぐ可憐な花の色は、トラバース先の選手色とりどりのウェア。そんな光景を見るたび、ストックに額をつけて、ため息を1つついて笑ってしまう。みんな頑張っている。そんな中俺はいるんだなって。1人じゃない。最高だな。

距離170K累積標高10000M。
シャモニーから出発してモンブランを左手に見ながらフランス、イタリア、スイスを経て周回するウルトラトレイルデュモンブラン(UTMB)2015にラッキーが重なって出場する権利を得たのが1月(国内出場レースのポイントをクリアして抽選が受かって)。

一昨年くらいからは週末必ず、低山ではあるけども一人山に入ってトレーニングをしてきたし、チャンスがあれば仲間と走るイベントにも参加をしてきたつもり。
でも1回しか2000M以上の山ハイクしてないし、2000から2500M前後で1000M登り降るUTMB。もうイメージつかないというか、もう知るか!というか。。。まあやるだけやったらのんびりやるしかない!と開き直る作戦で。
また、直前のおんたけ100Kで無理な走り方をして膝を故障して1ヶ月走れなく、(自己嫌悪しつつ)針に通いましたが、なんとか直前に痛みが消えたので本当によかった。

夕方のスタートはゆっくり。最後尾から。
そうそうに一緒にきたコバとはお別れ。先に行ってもらってそこからはゴールまで一人旅。いろんなことが頭によぎっては消える。でも途中から自分の呼吸しか聞こえなくなった。次のエイドで何をするか。時間は。胃腸は?膝は?大丈夫か。とどんどん自分に向き合い冴え渡ってきた。あ、調子いいぞ。
トレイルのシューズは、厚底のホカ、もう使い古したミニマルのNB110、アシックスのゲルなんとかを持って行って結局悩みに悩んで最初に履いてスタートに立ったのは110。コバと前夜から話して、やっぱり丁寧に足を置く走り方をしないと壊すよなって話になって。これが功を奏してとてもいい。いろんな方がsurfaceが固いから厚底の方がいいと言ってたけど足裏や脚を通して会話しながら先を行くにはミニマルなシューズの方が僕は正解だった。

関門でもあり、半分の地点には次の日、昼の11時過ぎに到着。クールマイヨールではドロップバッグ(事前に用意した着替えやらをデポできる)を受け取って。ドロドロの靴下を脱いでシャツを着替えて、ヘッドライトを変えて予備の電池を持って、列に並んでパンやスープを受け取って、食べて。水を補給して30分で出発。

ここまでずっと関門の制限時間から1時間から1時間15分くらいのアドバンテージできている。
いいんじゃないの。レース前には調子にのって密かに40時間切ってゴールかと思ってたけど甘かった。
完走目標に切り替える。いいんだ。絶対完走したいし。
ヨーロッパの山々はそんな僕になんどもなんども前に壁のようにでてくる。SF映画の惑星のように、ロードオブザリングの風景のように。僕はイメージが貧困なのだろうか。とにかく僕が生まれていままでの日本であった山のイメージとどれも違う。圧倒される。

今年のレースはとても良く晴れて風景は最高に良く見える代わりに暑さがすべての選手を苦しめた。日本より北緯が高く森林限界が低いので日光を遮るものはない。岩肌、がれ場のトレイル。ほこりがのどに張り付く。夜は急に寒くなる。体温調整をしないと胃腸がやられそうだ。

途中エイドで羽田で一緒になった男性選手に声かけられた。
「もう次のアルヌーバでリタイヤしようと思ってます。。」確かに顔色が悪い。
「いやまだ1時間あるから大丈夫ですよ、一緒に行きましょう!」
「。。。もう1時間しかないですよね」
言葉に詰まった。あとはぼくちょっと先に出ますね!気をつけて!としか言えなかった。

2日目の夜は幻覚をみた。途中からどれが幻覚かもうどうでもよくなった。道だけ踏み外さなければ。

次のエイドでも違う日本の選手から、「もう関門ですかね。。」とまただ。
他の選手と同じく彼も疲労の色が濃く、2日間寝てないので目の周りのクマが2重だ。
どうせ僕も同じようなもんだろ。

「いやまだ1時間ありますよね!」とぼく。
「もうまにあわないかなあ。。」

コップに半分の水をどうみるのか。
ぼくはそんなに、能天気なのだろうか。

圧倒的に強い選手も遅い選手もそれぞれ、それなりに大変だ。僕らのように遅い選手はトップ選手の2倍活動(レース時間)しなくてはいけない。20数時間と40数時間。メンタル面も相当きつくなってくる。孤独でもあるし、自分を信じられなくなってくる。もう一人の意識がもうよく頑張ったよ。やめようぜ!といってくる。

でも急登でも一歩づつ前に足を置けば必ずゴールは近づいてくる
その後、先に行ってしまったけど、2度目に声かけてくれた選手はばっちり復活して追いついてきた。
途中最後の山で補給食ないということでいくつか渡したりもした。
お互い絶対完走しよう、ビールを飲みましょうと 檄を飛ばし合った。
最後の山降りる時なんと、ぼくを抜いていってww「本当にありがとうございましたー!」と。
よかったよかった。

ぼくも最後の下りはどうなってもいいやってくらいストックを使って飛ばした。足が残ってるというか
アドレナリンが出まくっている!!
スタートからせっていたイタリアの選手にウィンクされる!やったよな!俺たち!そうだ。やったよ。

シャモニーの街の大観衆の中、花道の中をゆっくり走る。国籍を超えて大歓声、皆さんに祝福をされハイタッチをされ、拍手され、笑顔を受け取って、何かみんな笑顔で叫んでる。ナイスラン!ガンバ!日本語も聞こえる!
全てを噛み締めながらゴールゲートへ。
ゴールゲート先の教会、その先の山山をぼんやり眺めて、ああ、おわるんだ。終わるんだ。
終わってしまうんだ。。。
過ぎ去った、焦燥、諦め、後悔。
溢れる、感謝、達成感、そして寂寥


複雑な感情を抱えてゴールした。ゴールできたんだ。  

44時間57分。とても平凡なタイム。


でも人生で特別な日。    一生忘れない。

会社が設立8年。9年目になります

今日は雨。
今年は最速の梅雨明けを宣言した途端、またもや一部のエリアで豪雨が続いてます。各地域で重大な災害にならなければと願います。

 

7月6日。

明日は七夕であり、また、弊社の創立記念日です。会社は9年目、8年が経ちました。

 

去年は1人、茅ヶ崎駅前の焼き鳥屋のカウンターで飲みながら、若干いい気持ちで、しみじみ思ったことをブログに書いていました。

 

 

今年、心模様は去年とどう違うか。まあ、昨年の自分の記事を読んでも、いやあその通り。という感じで、まあそりゃ本人が書いているのだからその通りだよねと思いつつ

何か違うことがあるのかと自分に呼びかけるのですが。 うんうん違う事ね。

 

1)社員が増えた。

2)仕事(事業)のキャラクターがさらに輪郭がはっきりしてきて、進みたい方向への事業展開の将来も見えてきた。

3)がしかし、さらなる対応する体制と、企業の体力向上の必要。

 

とうことで、やるべきことははっきりしているので今の気持ちは、しおらしい気持ちというより、イメージ的には、舳先が水を切って進む映像のイメージ。

その速度や力強さ、また油断のできない緊張感を真っ向から感じているイメージでしょうか。

 

相変わらず「豊かなコミュニケーションの成立」を目指すことは変わりません。

おかげさまで、その思想をベースにした我々のサービス群を理解していただいて、興味を持ってご連絡をいただいたり、ご発注いただけるようになってきました。

 

今年の下期、来期とまた怒涛のような油断のできない展開が続きそうですが、これを「やりがい」と呼ぶんでしょうね。

仕事は楽しい。そういうことです。

 

弊社の社員一同、またその家族の健康と幸せ。この会社の仲間でよかったと言われる事と、最大限のパフォーマンスによりお客様に喜ばれる事。

また、社会にとっても必要であるとされるようなサービスを常に考えて実践していくこと。

引き続き頑張りたいです。

 

個人的にも今年の夏を過ぎると50歳ということで、最近「おじさん」「おっさん」はあまりよろしくない代名詞として使われてますが、

いやー、僕の周りはかっこいい大人、かっこいいおっさんが多いですよ。どうなんすかね。

 

なので、ぼくも負けずにかっこいいおっさんを目指しつつ、頑張りたいと思います。 
今年も最高の夏、いや1年にしような!!

「見える価値、見えない価値」 IMAメールマガジン/デジタルサイネージ複眼コラム掲載6月28日回

「見える価値、見えない価値」

 

 

デジタルサイネージによってディスプレイなどに送出されるコンテンツは基本的に「映像/画像/音声」コンテンツです。

まあ、あたり前ですね。日々放映するサイネージコンテンツを考える場合にサイネージのもつ強みをや役割を

改めて分解して考えていると面白いので今日はその話をしてみます。

 

 

日常生活する上で購入する様々な商品。

私たちはそれらに対し大なり小なり買うべき価値を認識してその対価であるお金を支払いますよね。

その「価値」の感じ方は、その企業、そのブランド、またはその商品の生産地や素材、デザイン、パッケージ、もしくはユーザーの評判

もちろんそれらの価値に見合うと判断できる価格!などなどが積み重なり、統合された上で判断され、選択され購入するはずです。

そんなことを自然と意識せず買う側の僕らはしています。

 

店舗で商品棚、もしくはディスプレイされた商品は、美味しそうな、もしくは美しい、楽しそうなど、その商品を購入した結果得られる

ベネフィットを最大限表現するレイアウトであるVP もしくは計画されたVMDとして設計実施がされているはずです。

 

デジタルサイネージを店舗で活用することで、さらにその部分を拡張して伝えることが可能になります。

その大きな1つとして、前出にも書きました、商品の裏側にあるストーリー=いわゆる「見えない価値を表現すること」が可能となります。

 

ブランドメッセージ、企業の取り組み、安心、安全など、また、その商品のもつ、大事にしているイメージ、などの補助や拡張を

サイネージのコンテンツとして動画や静止画で伝えることができます。

店舗という販売の現場であり、独自のコミュニケーションの空間で情緒的に、またわかりやすく買うべき理由を提案をすることが可

能となるのです。いわゆる他メディアのように、ライバルなどだれからも邪魔されずに。

そう考えると店舗でのサイネージコンテンツはまだまだ工夫すべきことが沢山あると思います。

 

 

最後に弊社の話をするとFLOWシリーズなどでインスタなどSNSを活用するのはその部分で販売/店舗スタッフの皆さん、ユーザーやアンバサダーなど

一人一人が「活き活き」とお客様へそれぞれ話しかけることで(提案することで)お客様とのコミュニケーションの総量をあげたい意図があります。

作り込んだブランドイメージやメッセージ。また、お客様とのコミュニケーションのトランザクションの多くできるしかけ、この2つ統合させたしくみがFLOWCASTということになります。このCMSでは、小さく多い複数の(各店舗)コミュニケーションサークルと本部から店舗に同時にスプレッドされる形状の伝達の実施を同時にするイメージです。

ということで、また次回!これから夏本番!弊社の片瀬江ノ島周辺、湘南はえらいことに毎夏なりますがまたこれも風物詩。

今年の夏も楽しみましょう。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

熱いものは熱く

先方での13時からの打ち合わせは、今日は早く切り上げられそうだからと、昼ごはんを食べずに向かったところ、まあよくある話で、すぐ終わるはずもなく、しっかり2時間かかった。(いや、よきこと!)

 

さあ、腹減ったぞどうすんだ。でも16時から来客ありということで、まず水道橋に戻り駅前の中華料理屋で定食を食べるかと。
中華丼とミニタンメンを頼んだ、最近入った新人が中華丼を熱い熱いとワシワシ食べている。餡があるから熱いのだ。

「おいおい、そんな急がなくていいぞ」と言うと

「僕早食いなんですよね、いつも(彼女もしくは家族)怒られるんですよ」と。続けて

「でも熱いものは熱く、食べたいじゃないですか!」 

その時に、
お、(若いのに)いいこと言うね。と思ったわけです。

だらだら話しながら、すっかり冷えてしまった料理を箸やスプーンを所在無げに遊ばせながら食べるなんてありえない。まあ向かいに座るだれかがそうしたとしても注意はしないでしょうが、いい気分はしない。

そういえば池波先生も本の中で、親の仇ばかりに、天ぷらは揚げたそばからかぶりつけ!なんて書いてあったなと。ふと。

なんてこともあり、会社帰り後半のクライマックスに差し掛かり気になっていた佐藤正午さんの「鳩の撃退法 下」の続きを駅前の喫茶店で「すがすがしく(いい本だったなと)」読み終えたあと、帰りの道すがらヘッドホンをして音楽を聴く気にもなれず、少し戻って同じく駅前の古本屋で文庫本のワゴンから


佐藤隆介さんの「素顔の池波正太郎」にぴたっと目が留まったのでした。 百円。

 

電車で面白く読まさせてもらいましたが(著者の佐藤さんはうちの親父と同い年か)
文面の中で、やはり食に関わる部分が出てきて読みながら「いいぞいいぞ!」ページを繰りながらニヤニヤしてしまいました。

そもそも、池波正太郎さんの本との出会いはもともと親父が読んでたので昔実家にハードカバーや、文庫本がたくさん積んで、もしくは並んでいた。剣客商売しかり、梅安しかり。鬼平しかり。

当時は新刊出せば売れるベストセラー作家だったでしょうから、うちの親父もその当時(今の俺と同い年くらいか)まさに夢中で読んでいたに違いなかった。

暇なろくに勉強もしない高校生の僕はその当時読んだ時代物は吉川英治宮本武蔵くらいで、あまりピンときてなかったのではあるが、偶然その中に「男の作法」という薄いエッセイらしきものがあり、まあ薄いし読みやすいかと、家の本棚から好奇心で手に取ったらそれが滅法面白く、また、「かっこいい大人」がそこにいたのでした。しびれました。

 

そのあと「散歩の時何か食べたくなって」を自分のお小遣いで購入して、ああ、いつか蕎麦を神田のまつやで食べたいなと夢想したものでした。

その後、サラリーマンになって、食通の上司に連れられて神田まつやの暖簾をくぐり、ああここかあとしみじみ思いながら蕎麦をたぐったのでした。が、第一印象は「少ない」でした。野暮だねえ。かっこいい大人にはなかなかなれないもんだ。

 

今年50歳になる今ならわかるかもしれない。
一人で夕方あたりに久しぶりに行こうかな。

 

 

 

インセクト・マイクロエージェンシーの2月2日メルマガ(コラム原稿)

デジタルサイネージ複眼コラム■

前回は、デジタルサイネージが表現できる特徴の大きな部分として
「情報」の要素と「情緒的な導き」の要素があるよ、
そう仕分けするとデジタルサイネージに何の役割を担わせるか仕分けられるよねという話をしました。
(半年前。。個人のブログにアーカイブしています。https://goo.gl/ZF4KVg

今回は「何の役割を担わせるか」は「どの場所で」ということを少し書いてみます。


デジタルサイネージの設置する場所について>

デジタルサイネージは場所に依存する媒体です。
たとえば、お茶の間のTVはその昔一家団欒の中心にありました。
また交通機関の行灯の看板や紙の中吊り広告などはもちろん不特定多数の乗客や
その目的のために往来する人が行き交う場所に設置されます。
駅や電車周りのデジタルサイネージはそれがリプレイスされたものですよね。

ということを考えると、店舗でサイネージを設置する場所が重要なことがよくわかります。
空いてるところに置いておけ!ではせっかくよいコンテンツを作っても
効果的でなかったり、見てもらえるチャンスそのものも厳しいことになるかもしれません。
店舗や施設の空間においてどの場所に設置するかは事前に検討すべきです。
ではどこに置くかなーと。よくよく考えると自然と見えてくるものがあります

例えば、この間GINZA SIXという商業施設地下の化粧品売り場、惣菜売り場をプラプラしていますと
(よく店舗や施設をぶらぶらするのはぼくの趣味)
各化粧品売り場ではモニタをマルチに組んで自社のイメージやブランドロゴ、
パッケージカラーなどを映像表現しています。
惣菜売り場でも自社の料理や素材のよさをシズル感たっぷりにそのイメージを映像化していました。

これらを我々来館者は、通路2、3M先あたりから見て、
ブランドや屋号を認識して「あそこいいね」と棚に向かい商品を手に取り、
また、説明員に相談します。
お分かりのように、近くまでくるとサイネージのメインの役割は果たされたことになります。
この場合のサイネージの役割はテナントがひしめくフロアで自社のブランド自体や商品、
サービスのイメージを訴求してフロア行き交う(フリー客)人もしくは、
目指してくる人に対して認識をしてもらうべく選んでもらうべくアピールをします。
什器の下側だったり、商品ケース後方背面の壁面だったりにモニターは設置しています。
什器の下側はちょっと違いますが、もともと屋号の看板を掲げていた部分にサイネージを設置しています。
屋号の看板の場所、役割のリプレイスされたものがサイネージ面となったということになります。
その昔は商店の評判や歴史、名物商品の特徴がその「屋号の名前の看板」に暗黙知として詰まっているものですが、
(いわゆる老舗店の看板などは最たるものですね)我々はサイネージによってわかりやすく、
直接的にメッセージできることになったということですね。

これは一番シンプルな例ですが、その他にもいわゆる「磁石」としてサイネージを利用したり、
演出中心で展開したり。複合商業施設では共有スペース中心なのでまた役割が違ってきたり、
それぞれ特徴があるのですが、また機会があれば書ければと思います。

ということで、自社の話になかなかいけないですが、また次回!

「牽引する言葉」

<あけましておめでとうございます。今日は1月4日 >

 今日は段ボールの日なので、朝、年末年始を過ごすために各家庭へ運ばれ役割を終えた段ボールが街の角の、もしくは塀がある家(最近は塀のある家は減った)の家主が善意で町内のゴミ置場として設置を許した所定のゴミ置場にわさわさと積まれていました。今年はあきらかに多い、やはり最近はネットで皆諸々買うからかな。

  今年は連日おだやかな晴天に恵まれ、しかも陽が落ち夜ともなれば新しい年の夜の始まりに相応しく空にはっきりとした円環が昇りました。その大きな月は、静かにしかし爛々と白い光をそそいでいます。酔った頭で暖炉の薪を補充すべく庭に出るたび、空を見上げ、いいねえと。溜まった本をソファアで寝て読みながら、うつらうつらするのもまた、お正月の贅沢。

  毎年、今年こそTVで紅白を見ようと言ってるものの相変わらず狭い我が家には大きなテレビなど置く場所もないため昨年も購入を見送り、おかげで静かな年越しであったけども、年が明け、さすがに駅伝は見たくなって、台所用で活躍する小さなワンセグTVを家族3人雁首そろえ覗き込むようにして観戦するのでした。
遊行寺の坂を越え湘南の海岸付近に学生が現れると聴くといよいよ、いてもたってもいられず、いそいそと出かけ颯爽と駆け抜ける選手の美しい一瞬のために旗をふりました。そんなことで3日間があっという間に過ぎました。

 

 <1年の計は元旦にあり。> 

年末年始の間、何かの読みものか映像かに載っていたもので、棋士羽生善治さんが言ってた「初心忘れるべからず」の初心は将棋を初めてさした時のことだけではなく、対局ごとを「初心」と思えると語ったこと。仕事でもなんでも、大きなことを成すためには表向き繰り返し繰り返しのことばかりが続きます。毎回の大きな変化や毎回得るものがあるわけではないでしょう。そんな時でも、いつもフレッシュな気持ちで迎えられる。「初めて会えた」気持ちになれるのはとても重要なことです。そこには発見してやろう、何かを得ようという気持ち、意思があることかと思います。

仕事においては相変わらず「豊かなコミュニケーションの成立」ということで、弊社は販売の現場のコミュニケーションをテーマにデジタルサイネージの事業やそれらアプリケーションの開発をしています。いくつか仕掛かっている仕事がありますが、春に1つ大きなローンチを準備中です。繰り返し繰り返しこのテーマで自問してやり続けていますが、少しまた前進できそうです。なぜなら、今回その取引している方からは、「川村くんは10年前から同じこと言ってたよね。」でこの度の話になっています。詳しくは春にお話しできるかと思います。
てな感じで、今一度「初めてこのテーマに会えた」喜びと興奮と決意を思い直して。「初心忘れるべからず」は今年の僕の言葉。
趣味においてはもう一度山を楽しく真剣に走ることをしたいなあ。また一からやり直し。また具体的に、レースに出場する目標をつくって挑んでいきたいです。これまた一緒。山を走る喜び、ゴールの感動やみんなの笑顔。これこれ。忘れないように。

とにかく今年もまた新たに会える人やいつも仲良くしてくれる皆さんと大きく笑い、泣き、感激する年にしたいと思っています。いつも言ってるように、美しいものは声を出して美しいといい、楽しい時は楽しいなあと言う。とても重要なこと。
そして今年の年末には「ああ、よかったよな今年も」とお酒を飲みたいです。

会いに行きます。今年も宜しくお願いします。